3行でわかる要点
- 現金インセンティブは提供中には効いても、終了すると効果が消えるという減衰が、複数のRCTで繰り返し報告されている [1][2][3]。
- 61,293人を対象に54介入を一斉比較したメガスタディでは、終了後も効果が残った介入は8%のみだった [4]。
- それでも、コミットメント契約・家族・競争を組み込んだ介入では終了後も効果が検出されており、「続く」は偶然ではなく設計の問題として扱える [5][6][7]。
6か月効いて、6か月で消えた ── TRIPPA が示した現金の限界
企業・健保組合・自治体の健康施策は、期間限定のキャンペーンとして設計されることが少なくありません。では、期間が終わった後はどうなるのか。この問いに正面から答えたのが、シンガポールの13組織の従業員800人を対象にした12か月のRCT「TRIPPA」です [1]。参加者は、対照/活動量計(Fitbit Zip)のみ/活動量計+寄付インセンティブ/活動量計+現金インセンティブの4群に割り付けられ、インセンティブは6か月で終了、その後12か月まで追跡されました。
この試験の主要評価項目は、週あたりの中高強度身体活動(MVPA)のうち、まとまった活動(bout)として計測された時間です(封をした加速度計による実測で、細切れの動きを含む総MVPA時間ではありません)。6か月時点で、この時間の対照群との差が最も大きかったのは現金群で+29分(p=0.0024)。寄付群は+21分(p=0.0310)、活動量計のみの群は+16分で有意ではありませんでした(p=0.0854)。ところがインセンティブ終了6か月後の12か月時点では、現金群は+15分となり有意差が消失(p=0.1363)。一方で活動量計のみの群は+37分(p=0.0001)、寄付群は+32分(p=0.0013)と有意な差を示しました。この対照的な動きが遅れて表れた効果なのか、群ごとの減衰の違いなのか、解釈は一意に定まらないため、本稿では事実の記載に留めます。
併せて書いておくべきことがあります。著者らは、どの群にも健康アウトカムの改善の証拠は見られなかったと報告しています [1]。この試験が示したのは行動(活動時間)の変化とその減衰であり、健康状態の改善ではありません。
減衰は繰り返す ── 減量(7か月)と歩数(フォローアップ)でも同じ
同じパターンは、別の領域・別の設計でも観察されています。
米国の減量RCT(n=57、30〜70歳、BMI 30〜40)では、16週間にわたり、宝くじ型インセンティブと、参加者が自己資金を預けてマッチングを受けるデポジット契約が比較されました [2]。16週時点の平均減量は宝くじ群13.1ポンド、デポジット群14.0ポンドで、16ポンド目標の達成率はデポジット47.4%・宝くじ52.6%に対し対照10.5%(P=.01)。ところが終了3か月後の7か月時点では、宝くじ群9.2ポンド(P=.23)、デポジット群6.2ポンド(P=.61)、対照4.4ポンドとなり、有意差は消えていました。n=57と小規模な試験であり、ここで注目すべきは減量そのものの医療的な意味ではなく、金銭設計が短期には強く効き、終了後に減衰したという現象です。
歩数でも同様です。従業員281人(BMI 27以上)を対象に1日7,000歩の目標達成を13週間比較したRCTでは、同じ金額でも「達成したら$1.40獲得」や宝くじ型は対照と有意差がなく、「$42を月初に前払いし、未達成日ごとに$1.40失う」損失フレームだけが対照を上回りました(達成日割合0.45 vs 対照0.30。獲得型0.35・宝くじ型0.36)[3]。しかしこの試験でも、フォローアップ期間には全インセンティブ群で歩数が低下し、対照群との差はなくなったと報告されています。最も効いた損失フレームでさえ、終了後には残らなかったのです。
54介入の一斉比較 ── 終了後も残ったのは8%
この減衰がどれほど普遍的かを示したのが、Nature に掲載されたメガスタディです [4]。米フィットネスチェーン 24 Hour Fitness の会員61,293人(46州)を対象に、15大学30人の科学者が独立の小チームに分かれて設計した54種の4週間デジタルプログラムを、単一のプラットフォーム上で一斉にRCT比較しました。
介入期間中は、54介入のうち45%が週あたりのジム訪問をプラセボ比9〜27%有意に増やしました。最も成績が良かったのは「ワークアウトを1回休んだ後にジムへ戻ると少額ボーナス」を出す介入で、週+0.40回(27%増、P<0.001)。しかし、4週間のプログラム終了後まで行動変化が持続したのは、54介入のうち8%だけでした。
ジム会員という、すでに運動への意向を持つ自己選択集団での4週間介入という限定はあります。それでも「期間中に効くこと」と「終了後に残ること」がまったく別の問題である、という構図を、6万人超という規模で示した点でこの研究は際立っています。
それでも残った介入 ── コミットメント契約・家族・競争
では、残った介入には何があったのか。3つの系統の報告があります。
コミットメント契約。 米フォーチュン500企業の職場ジムで行われたフィールド実験では、4週間の金銭インセンティブの終了時に、自己資金を賭けるコミットメント契約を任意で提供しました [5]。抄録は、金銭インセンティブ自体の効果は「プログラム終了とともに消えがち」である一方、コミットメント契約には「インセンティブ終了後、数年経っても検出できる有意な長期変化」と「コミットメントへの需要」の証拠があったと記述しています。抄録に効果量の数値が示されていないため、本稿では定性的な引用に留めます。
家族。 Framingham Heart Study のコホートから参加した94家族200人(平均55.4歳)を対象にした BE FIT 試験は、コミットメントの誓約と、チームから無作為に選ばれた1人の達成に家族全員の成績が懸かる仕組みを組み込んだゲーム設計を検証しました [6]。物的報酬はほぼありません。12週の介入期に歩数目標の達成日割合は0.53 vs 対照0.32(調整差0.27)、平均歩数は対照比+953歩/日。介入終了後12週のフォローアップ期でも+494歩(95% CI 170-818)と、減衰しつつも有意に残りました。
競争。 全米40州の602人(BMI 25以上、平均39歳)を対象にした STEP UP 試験は、支援・協力・競争という3つの社会的フレームを24週の介入+12週のフォローアップで比較しました [7]。介入期は競争+920歩/日、支援+689歩、協力+637歩と、いずれも対照を有意に上回りましたが、フォローアップ期に有意に高いまま残ったのは、抄録の結論では競争群のみ(+569歩/日)でした。なお、この試験では対照群を含む全群がウェアラブルと個別フィードバックを受けており、「何もしない群」との比較ではない点に注意が必要です。
研究の限定 ──「続く」を設計するという結論の射程
ここまでの研究には、それぞれ限定があります。TRIPPA はシンガポールの就労者集団 [1]、減量RCTは57人の小規模・16週の短期 [2]、歩数RCTはBMI 27以上の従業員 [3]、メガスタディはジム会員という自己選択集団への4週間介入 [4]、コミットメント契約の報告は抄録ベースの定性的な記述 [5]、BE FIT は家族という既存の強い紐帯を前提とし [6]、STEP UP は全群が計測とフィードバックを受けた上での比較です [7]。測られているのは歩数・活動時間・ジム訪問・体重といった行動とその近傍の指標であり、これらの研究は健康状態の改善を保証するものではありません。TRIPPA が健康アウトカムの改善の証拠を示せなかったことは、その意味でも重い事実です。
それでも、この限定の内側で言えることがあります。インセンティブの効果が終了とともに消えるのは、繰り返し観察された現象です。そして、終了後も効果が検出された介入は偶然の産物ではなく、コミットメント契約・家族・競争という共通の構造を持っていました。「配って終わり」の設計が持続を生まないのなら、「続く」ことそのものを最初から設計の目標に置き、施策を計測しながら検証と適応を続けるほかありません。
ただし、持続する設計が「選ばれる」とは限りません。効果の強い仕組みほど入口で敬遠されるという別の壁については、効く仕組みほど、選ばれない で扱っています。
私たちも、損失回避・コミットメント・利他性を「気合と意志」に頼らない形で日常に組み込むことを、行動変容の設計原則としています。ここで引用した研究は、この考え方の背景をなすものであって、当社製品固有の効果を直接検証したものではありません。設計原則の全体像は /healthcare/behavior-change をご覧ください。
参考文献
- 活動量計と現金・寄付インセンティブの12ヶ月RCT(The Lancet Diabetes & Endocrinology, 2016)
- 減量へのデポジット契約と宝くじ型インセンティブのRCT(JAMA, 2008)
- 損失フレーミングによる歩数インセンティブのRCT(Annals of Internal Medicine, 2016)
- 運動継続54介入のメガスタディ(Nature, 2021)
- 職場ジムでのインセンティブとコミットメント契約の長期効果(American Economic Journal: Applied Economics, 2015)
- 家族単位のゲーミフィケーションと歩数のRCT(JAMA Internal Medicine, 2017)
- 支援・協力・競争の社会的インセンティブを比較した全米RCT(JAMA Internal Medicine, 2019)
よくある質問
- 金銭インセンティブで始めた運動は、支払いをやめると続かないのですか?
- 複数のRCTで、現金インセンティブの効果は提供中には見られても、終了後に消える傾向が報告されています。たとえばシンガポールの従業員800人を対象にしたTRIPPA試験では、現金群の効果は6か月時点で最大でしたが、終了6か月後には対照群との有意差が消えました。
- 介入が終わった後も効果が残るケースは、どのくらいあるのですか?
- 米国のジム会員61,293人を対象に54種の4週間介入を一斉比較したメガスタディでは、終了後も行動変化が持続した介入は8%のみと報告されています。ジム会員という自己選択集団での短期介入という限定付きの数字です。
- では、どのような設計なら終了後も残りやすいのでしょうか?
- 研究が報告している範囲では、自己資金を賭けるコミットメント契約、家族の紐帯を組み込んだゲーム設計、競争のフレームで、介入終了後にも効果が検出されています。ただしいずれも特定の集団・期間での結果であり、そのまま一般化はできません。