3行でわかる要点
- 自分のお金を賭けるデポジット契約は行動を強く動かしますが、禁煙の大規模RCTで受け入れた人は13.7%(報酬型は90.0%)にとどまりました。
- 同水準の金額でも、「前払いされた原資を未達成日ごとに失う」損失フレームに変えると、自己資金の拠出を求めずに効果が出たと報告されています(歩数目標の達成日割合0.45 vs 対照0.30)。
- 効果と受容率のトレードオフは、フレームの選び方と提示タイミングという設計変数で緩和しうる、というのが本稿の読み方です。
賭けると強い ── デポジット契約の効果
「目標を達成できなければ、預けたお金を失う」── デポジット契約(預託契約)は、行動経済学でいう損失回避を最も直接的に使う仕組みです。
JAMA に掲載された減量のRCT(2008年、n=57、30〜70歳・BMI 30〜40)では、16週間・週1ポンドの減量目標に対して、月1回の体重測定のみの対照群、宝くじ型インセンティブ群、参加者自身の拠出にマッチング(上乗せ)を加えるデポジット契約群の3群が比較されました [1]。16週時点の平均減量はデポジット群14.0ポンド、宝くじ群13.1ポンド。16ポンドの目標を達成した割合は、デポジット群47.4%・宝くじ群52.6%に対して対照群10.5%でした(P=.01)[1]。
自分のお金が懸かると、人は動く ── ただし、この試験は n=57 と小規模で、期間も16週間です。介入終了3か月後にあたる7か月時点では、宝くじ群9.2ポンド(P=.23)・デポジット群6.2ポンド(P=.61)対 対照群4.4ポンドと、有意差は消えていました [1]。ここで体重の数値は「金銭設計の短期効果と、その減衰」を示す例として読むべきもので、減量や健康への効果を裏づけるものではありません。
しかし9割が選ばない ── 受容率の非対称
効くなら広げればよい、とはならないのがデポジット契約の難しさです。
New England Journal of Medicine の禁煙RCT(2015年、n=2,538)は、達成で約800ドルを受け取る報酬型2種、150ドルを自己預託し達成すれば650ドルの報酬を加えて受け取る預託型2種、通常ケアの5群を比較しました [2]。割り付けられた仕組みを受け入れた割合は、報酬型90.0%に対して預託型13.7%。6か月の持続禁煙率は報酬型15.7%・預託型10.2%・通常ケア6.0%(インセンティブ群全体で9.4〜16.0%)で、抄録は「報酬型は受け入れられやすさで勝り、結果として持続禁煙率が高かった」と結論づけています [2]。
これは禁煙領域の知見であり、運動や歩数の施策へそのまま外挿することはできません。それでも「損失を賭ける仕組みは強く働きうるが、9割近くが入口で選ばない」という受容率の非対称は、ポイントやインセンティブの設計に関わる実務家が最初に知っておくべきジレンマだと私たちは考えています。
第三の道 ──「前払い→没収」の損失フレーム
では、損失回避の力を、参加者に自己資金を賭けさせずに使えないか。この問いに答えたのが Annals of Internal Medicine の歩数RCT(2016年、n=281、BMI 27以上の従業員)です [3]。
1日7,000歩の目標に対し、13週間の介入で4群が比較されました。日次フィードバックのみの対照群、達成日ごとに1.40ドルを得る獲得型、期待値が1日あたり約1.40ドルの宝くじ型、そして月初に42ドルを前払いで付与し未達成日ごとに1.40ドルを没収する損失型です。介入中の目標達成日の割合は、対照0.30(95% CI 0.22〜0.37)、獲得型0.35(同0.28〜0.42)、宝くじ型0.36(同0.29〜0.43)に対し、損失型のみが0.45(同0.38〜0.52)と対照を上回りました [3]。金額の水準は同じでも「先に渡してから失う」フレームだけが行動を動かした ── 参加者に自己資金の拠出を求めていない点が、預託型との決定的な違いです。
ただし、この研究でもフォローアップ期間には全インセンティブ群で歩数が低下し、対照群との差はなくなったと報告されています [3]。損失フレームは受容率の問題を回避しますが、「終了後も残るか」という課題は別に残ります。
人はコミットメントに課金する ──「誘惑の抱き合わせ」と需要の証拠
受け入れられにくいはずのコミットメントに、人が自らお金を払う場合があります。
Management Science のフィールド実験(2014年、大学ジム)では、続きが気になるオーディオブックを「ジムでしか聴けない」ようにした完全介入群のジム訪問が、開始当初は対照比+51%、ジム限定を推奨するだけの中間群でも+29%増えました [4]。誘惑と運動を抱き合わせる「テンプテーション・バンドリング」です。効果は時間とともに減衰し、特に感謝祭休暇の後に低下しています ── それでも研究終了後、参加者の61%が「ジムでしか聴けないオーディオブック」への課金を自ら選びました [4]。
職場ジムを対象にしたフィールド実験(American Economic Journal: Applied Economics, 2015)でも、同じ方向の証拠が報告されています。4週間の金銭インセンティブの終了時に、自己資金を賭ける自主的なコミットメント契約を提供したところ、金銭インセンティブ自体の効果は「プログラム終了とともに消えがち」だった一方、コミットメント契約を提供された群には「インセンティブ終了後、数年たっても検出できる有意な長期変化」と「コミットメントへの需要」の証拠が観察されたとされています [5]。抄録には効果量の数値が示されていないため定性的な紹介にとどめますが、「魅力的に設計されたコミットメントなら、人は自ら選ぶ」ことを示す手がかりです。
いつ提示するか ── フレッシュスタート効果
最後の設計変数は、タイミングです。
Management Science に掲載された研究(2014年)は、「ダイエット」の Google 検索、大学ジムの入館記録、目標コミットメントサイトでの契約作成という3種のアーカイブデータを分析し、週初め・月初め・年始・学期初め・誕生日といった時間的節目の直後に、目標に向かう行動が増えることを報告しました [6]。節目が新しい「メンタルアカウンティングの期間」を開き、過去の失敗を切り離して大局的な自己評価を促す、という説明がなされています。
これは観察・集計データの分析であり、RCTではありません。因果を断定できる知見ではないため具体的な効果量には触れませんが、コミットメントを「いつ提示するか」── たとえば月初や年度初めの直後 ── を設計する際の、有力な手がかりになります。
研究の限定と、設計への示唆
本稿で紹介した研究には、それぞれ限定があります。減量のRCTは n=57・16週間と小規模で、終了3か月後には有意差が消えています [1]。受容率13.7%は禁煙領域の知見で、運動への外挿には注意が要ります [2]。損失フレームの歩数RCTも、フォローアップ期間には対照との差が残りませんでした [3]。テンプテーション・バンドリングは単一の大学ジムでの短期の実験で、休暇による中断に弱いことも実測されています [4]。コミットメント契約の長期効果は抄録に効果量が示されておらず [5]、フレッシュスタート効果は観察データの分析にとどまります [6]。
それでも、全体を貫く示唆は明確です。「効く仕組み」と「選ばれる仕組み」は別物であり、その距離は設計で縮めうる ── 自己資金を賭けさせない損失フレーム、自ら選びたくなる魅力との抱き合わせ、節目に合わせた提示タイミングは、いずれもそのための設計変数です。私たちも、利用者に自己資金の拠出を求めるのではなく、損失回避やコミットメントを受け入れやすい形で日常の体験に組み込むことを、健康における行動変容の設計原則にしています。
なお本稿は「入口で選ばれるか」を扱いました。同じ研究群を「終了後に効果が残るか」の側から読んだ記事として インセンティブが終わった日から、本番が始まる もあわせてご覧いただけます。
考え方の全体像は /healthcare/behavior-change をご覧ください。
参考文献
- 減量へのデポジット契約と宝くじ型インセンティブのRCT(JAMA, 2008)
- 禁煙への報酬型・預託型インセンティブ4種の比較RCT(New England Journal of Medicine, 2015)
- 損失フレーミングによる歩数インセンティブのRCT(Annals of Internal Medicine, 2016)
- テンプテーション・バンドリング(誘惑の抱き合わせ)の現場実験(Management Science, 2014)
- 職場ジムでのインセンティブとコミットメント契約の長期効果(American Economic Journal: Applied Economics, 2015)
- フレッシュスタート効果 — 時間的節目が目標行動を動かす(Management Science, 2014)
よくある質問
- デポジット契約とは、どのような仕組みですか?
- 自分のお金を預け入れ、目標を達成できなければ失う仕組みです。減量のRCTでは16週時点で対照群を上回る目標達成率が報告された一方、禁煙のRCTでは提示された人のうち受け入れたのは13.7%(報酬型は90.0%)にとどまりました。
- 自己資金を賭けさせずに、損失回避を活かす方法はありますか?
- 原資を先に付与し、未達成日ごとに没収する「前払い→没収」の損失フレームがあります。歩数のRCTでは、同水準の金額でも損失フレームの群だけが対照群を上回りました。ただし介入終了後は効果が残らなかったとも報告されています。
- コミットメントの仕組みは、いつ提示すると受け入れられやすいのですか?
- 週初め・月初め・年始などの時間的節目の直後に、目標に向かう行動が増えることが観察されています(フレッシュスタート効果)。観察データの分析であり因果を断定できる知見ではありませんが、提示タイミングを設計する手がかりになります。